第二話 虚心

漫画やゲームで得た知識によれば、冒険者ギルドとは次のようなところだ。
・冒険者登録をして仕事を受注することができる。
・冒険者にはランクがあり、ランクによって受注できる仕事の幅が決まる。
・高ランクの仕事は、難易度が高くなるが報酬が高額になる傾向がある。

おそらく冒険者ランクはA、B、C、D、E、Fみたいな感じで、Aの上にSがあったりFの下にGがあったりするのだろう。
冒険者ランクのアップには仕事の実績と、場合によっては試験があるのかもしれない。
漫画とかではチートな主人公が、とんでもないスピードで冒険者ランクを上げるのはよくあることだ。
ギルドマスターは元AとかSランクの冒険者で・・ギルドカードにはステータスが表示されて・・素材などはギルドで買い取ってもらえたりして・・
などと想像を膨らませながら冒険者ギルドの受付へ向かった。

受付では猫耳をした獣人のお姉さん数名が対応をしている。
手の空いていそうな人に声をかけた。
「こんにちは。初めてなんですけど・・」と言いかけると、受付のお姉さんはすぐに返答した。
「冒険者登録希望の方ですね?」
「あ、はい。」
話が早くて助かる。
「それでは簡単に説明しますね。こちらをどうぞ。」
1枚の紙を受け取った。
冒険者ギルドのシステムについての説明が記述されているみたいだ。

「冒険者登録には手数料およびステータスカード発行料として銅貨10枚と消費税が必要になります。」
登録料にも消費税がかかるのか。
何とも世知辛い。
「冒険者登録を行うにあたり、ステータスカードを発行します。その際、現在のステータス測定を行い、測定結果のデータがカードに記録されます。・・・」

一通り説明を受けたことをまとめると以下のような感じだ。
・冒険者登録には銅貨10枚と消費税が必要になる。
・冒険者ランクは、ステータスと仕事の実績で決まる。
・ランクは冒険者ランクはA~Hランク。
 ・皆初めはHランクからのスタートとなる。(Hランクなんて初めて聞いた・・)
・冒険者ランクは、仕事の実績とステータスランクによって決まる。
 ・Fランクまでは仕事をこなしていれば誰でもたどり着ける。
 ・Eランク以上はステータスランクが必要となる。
  具体的には冒険者ランク以上のステータスランクが必要とのことだ。
  Eランクであれば、最低ステータスランクはE以上が必要となる。
・ステータスカードには冒険者ランク、ステータスランク、ステータス詳細値が表示される。
 ・ステータス詳細値は本人または特殊な器具を用いないと見ることが出来ない。

「何か質問はありますか?」と受付のお姉さん。
冒険者ギルドの概要は理解できたけど、所持金が0のため登録料が払えない。
ダメもとで聞いてみるか。
「いま手持ちがなくて登録料が払えないのですが、後日支払いとかにはできますか?」
「はい、初回の仕事報酬から天引きすることが出来ます。登録料より少ない報酬の仕事は存在しませんので。」
これはありがたい。
「ではそれでお願いします。」

「それではステータスカードの発行を行いますね。こちらに手をかざしてください。」
魔法陣のようなものが描かれた装置に手をかざした。
すると魔法陣と思われる部分が光を放ち、数秒後に装置からカードが出てきた。

受付のお姉さんがカードを手に取り確認しているが、明らかに驚いた表情だ。
その後、首をかしげて悩んでいる様子。
何か問題でもあったのだろうか?
しばらく考え込んでいたが、何かにピンときた表情になり、今度は納得したようにうなずいている。
よくわからないけれど自己解決したようだ。

「こちらがステータスカードです。冒険者登録証を兼ねており、仕事を受注する際はこのカードを提示して頂くことになります。」
ステータスカードを渡された。
ステータスカードには何故か自分の名前が刻まれている。
受付のお姉さんに名前を言った記憶はない。
一体どういう仕組みなのだろうか?
記載されていた冒険者ランクは「H」だ。
ここがスタートラインだと思うと少し身が引き締まる思いだ。
一方、ステータスランクは「S」!?
ステータス詳細を見ると、すべての値が90台後半だ。
これは、ほぼカンスト状態?
自分はチートな主人公なのかもしれない。

「仕事の依頼はあちらの掲示板に張り出されています。受注したい仕事がありましたら、受付にお持ちください。ただし、ご自身の冒険者ランクが依頼に設定されている必要冒険者ランクにみたいない場合は仕事を受けることが出来ないということにご留意ください。」
掲示板の方を見ると、依頼と思われる紙が沢山張り出されている。

とりあえず仕事を受注してみようかと思ったが、夕方にセバスチャンと落ち合う予定だ。
Hランクなのでそもそも難しい仕事は受けられないが、簡単かつ期限が長い仕事が望ましい。
「初心者向けで、期限が長い仕事ってありますか?」
「それでしたら、薬草採取がおすすめです。薬草採取は必要冒険者ランクの指定が無く、期限も設定されておりません。いつでもギルドへお持ちいただければ買い取らさせて頂きます。」
やっぱり初めは薬草採取だよね・・と心の中でうなずきつつ「薬草採取」の仕事を行うことにした。
ちなみに、1回あたり20本以上まとめて持ち込むと”一つの依頼達成”という扱いになるとのことだ。
受付のお姉さんが、薬草の写真と薬草が採れそうな場所がメモされた街の周辺地図を渡してくれた。
至れり尽くせりだ。

出口へ向かおうとすると、途中でいかつい冒険者に声をかけられた。
「よう兄ちゃん。初心者か?」
初心者狩りだろうか?もしくは初心者を狙った詐欺か何かだろうか?
嫌な予感しかしない。
関わらない方が良さそうだ。
無視して出口へ足を進めた。
「ちょっと待ちな。」
肩をつかまれた。
見た目通り、力はそれなりに強そうだ。
おそらくSランクステータスを持つ自分であれば、この冒険者を投げ飛ばすことくらい容易だろう。
しかし、冒険者登録をしたばかりでギルド内で騒ぎを起こすのは気が引ける。
「何か用ですか?話なら外で聞きますよ。」
そう答えて、ギルドの外に出た。

「それでご用件は?」
「へっへっへ。兄ちゃん初心者だろう?さっき冒険者登録するの見てたぜ。」
「だったら何です?できれば手荒な真似はしたくないのですが。」
一応、警告はしてダメそうなら実力行使でいこう。
「おっと、威勢がいいな。冒険者の先輩として少しアドバイスしてやろうと思っただけだ。」
「別にアドバイスは不要です。先を急ぐので失礼します。」
「まあ待てよ。」
今度は腕をつかまれた。
しかたない、少々痛めつけるか・・と思った次の瞬間思いがけないことが起きた。

「え?」
小さな袋をつかまされた。
というか無理やり渡された。
「何ですかこれは?」
「回復薬だ。ポーションと毒消しが入っている。持っていて損はない。」
いかつい冒険者は続けた。
「初心者は、武器や防具を入手することに意識が向かって、回復についてはおろそかになりがちだ。はじめはとにかく無理はせず慎重に行動しろ。冒険者ってのは臆病なくらいがちょうどいいんだ。でなきゃ長生きはできない。
 それから”虚心坦懐”を心がけろ。冒険者が不測の事態に遭遇することはよくあることだ。先入観を持たず開かれた心で物事を見極めるんだ。」
雷に打たれたような衝撃だった。
めちゃめちゃいい人だ!
「ありがとうございます!」
深々頭を下げてお礼をした。
「いいってことよ。気を付けてな。危なくなったら回復薬は遠慮なく使えよ!」
いかつい冒険者と別れ、街の外へ向かった。
”虚心坦懐”か・・いい言葉だ。
それにしても、いかつい見た目とは裏腹に難しい言葉を知っているものだ。
・・これこそがまさに先入観だ。
頭を左右に振って自分を戒めた。

街を出てから地図に描かれた薬草が採れそうなスポットへ向かった。
地図には街道から横に入った場所が示されている。
帰り道に迷わないよう、定期的に目印を付けながら地図が指し示す方へ進んだ。
草木が生い茂り、いたるところから鳥やその他の動物の鳴き声が聞こえる。

なかなか薬草は見つからない。
薬草を探しながら森の奥へ進むと、別の街道に出た。
向こうから馬車が近付いてくる。
しかし何だか様子がおかしい。
明らかに急いでいるようだ。
何かに追われている感じだ。
これはイベント発生か?

よくあるパターンは2通りだ。
1.モンスターに追われている。
2.やんごとなき人が乗っていて、悪者に追われている。
どちらにせよ、追いかけている何かを撃退すれば報酬がもらえる可能性が高い。
武器は持っていないが、チートなSランクステータスだからどうにでもなるだろう。
そんなことを考えながら、近づいてくる馬車の方へ向かった。

少しすると、何が追いかけてきているのか確認することが出来た。
モンスターのようだ。
体長が2メートル以上ありそうな大きな熊みたいなモンスターだ。
いや、見た感じ普通の熊か?
細かいことはどうでもいい。

馬車が通りすぎてすぐ、道の真ん中に出て熊らしきモンスターに対峙した。
鋭い爪の前足を振り上げ飛び掛かってくるモンスター。
その攻撃をかわし、懐に入って右のこぶしでモンスターのみぞおちに一撃を加える。
モンスター自身の突進する力も加わることで、この一撃は飛躍的に威力を増すことになる。
脳内シミュレーションは完璧だ。
あとはタイミングを合わせるだけ・・。

近くで見ると思ったより大きい。
想定通り、モンスターは飛び掛かってきた。
よし、ここだ!
・・
急に目の前が真っ暗になった。
・・
頭の中にメッセージが流れる。
「あなたは死亡しました。デスペナルティで所持金が半分になります。」
!?
ええ!?

気がつくと、街の広場に立っていた。
ゲーム開始時に居た場所だ。
Sランクステータスなのに負けた?
さすがに丸腰では無理があったのか?
それともあのモンスターもSランクレベルだったのかもしれない。
仕方ないか・・デスペナルティが所持金が減る程度のことでよかった。
所持金0なので減りようがない。
すこし安堵すると、再び頭の中にメッセージが流れた。
「所持金が0であったため、デスペナルティとしてステータスが低下します。」
!?
ちょっとどいうこと?
後頭部を打たれたような衝撃だ。
どうやら、死亡時に所持金が0だと、代わりにステータスが低下する仕様のようだ。
お金がなければ体で払えということなのか?

しばらく呆然としていた。
虚心ではなく虚脱だ。
我に返って、どの程度ステータスが低下したのか気になって、ステータスカードを確認した。
ステータスランクが「T」に変わっている。
詳細ステータスは全体的に10ポイント低下して80台後半の値となっている。
いくら何でもステータスが下がりすぎではないか?
もしかしたら一定期間ステータスが下がった状態になるだけなのかもしれない。
デスペナルティとしてはよくあるケースだ。
となると、ステータスランクの「T」というのは”一時的なランク(temporary rank)”もしくは”時限的なランク(timed rank)”のことだろうか?
それと、自分が死んだ場合、セバスチャンはどうなるのだろう?
セバスチャンに何か影響があるとは思えないが・・きっと問題ないだろう。
考えても答えは出ないので、ポジティブに考えることにした。

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