第三話 櫂は三年

デスペナルティについて改めて整理した。
全体的にステータスが10ポイントほど低下して、ステータスランクが「T」になっている。
所持品は変化なし。
つまり、いかつい冒険者にもらったポーションなどは無事だ。
アイテムロストはしないらしい。
セバスチャンへの影響は今のところ不明だ。

セバスチャンのことが気になって、夕方に落ち合う予定の料理屋に向かおうと思ったが時間的に少々早い。
しかし、再び薬草採取に向かって戻ってくるほどの時間は無い。
”帯に短したすきに長し”という感じだ。
そこで街の中をもう少し散策してみることにした。

未だ通った事のない道を進んでみると、武器屋らしき建物をを発見した。
一文無しなので、店内に入るのは気が引ける。
店内には入らず、少しだけ中を覗いてみることにした。
様々な武器や防具が陳列されているようだ。
手前にあった武器(短剣)の値段を見ると、銀貨10枚となっている。
現状、とても手が出そうにない。
購入するには依頼を複数こなしてお金を貯める必要がありそうだ。
やっぱり別途、消費税もかかるのだろうか?と考えながら先に進むことにした。

さらに道を進むと、道場らしき建物を発見した。
しかし門下生らしき人は見当たらない。
今日は休みなのだろうか?
ゲームの世界の冒険者は道場に通うイメージが無い。
何かしらの攻撃スキル等を身につけることが出来るのであれば、入門する価値があるかもしれない。

さらに図書館を思われる建物を見つけた。
入ろうとしたが入場料として銅貨1枚が必要らしい。
良心的な価格だと思うが、一文無しの自分にとっては精神的ダメージだ。
本を読むことすらできないのか・・。

・・・
いい時間帯になったので、セバスチャンと落ち合う料理屋に向かった。
店内に入って、すぐにセバスチャンの姿が目に入った。
よかった、自分の死は影響無かったようだ。

「タクト様お待ちしておりました。」
「あれ?少し遅かったかな?」
「思ったより皿洗いの仕事がはかどりまして、予定より早く終えることが出来ました。ですので、ついでに厨房の掃除もさせて頂きました。」
店員さんが少し興奮した様子で近づいてきた。
「セバスチャンさんの仕事すごかったですよ!あんなスピードで皿洗いをする人見たことがありません。」
どんな皿洗いなんだろうか?

「厨房の掃除までして頂いて皆感謝しています。食事代はもう結構です。」
思いがけない幸運だ!というか全てセバスチャンのおかげだ。
「ありがとうございます。次回以降は必ず料理の代金はちゃんと払いますので。また来ますね!」
店員さんに別れを告げ、セバスチャンと共に料理屋を後にした。

「タクト様、街の散策はいかがでしたかな?」
「あぁ、うん。まぁ色々とあって・・」
冒険者ギルドへ行って薬草採取の仕事を受けたこと。
いかつい冒険者にアドバイスと回復薬をもらったこと。
不用意にモンスターに向かって行って、デスペナルティを受けたことなど一連の出来事をセバスチャンに話した。
「なんと!そのようなことがあったのですね。それは大変でございましたね。」
「”縁なき衆生は度し難し”という諺がございます。人の忠告を聞かないものは救いようがないというような意味でございます。今回の件は良い学びになったのではありませんか?」とセバスチャン。
「返す言葉もないよ。せっかく先輩冒険者にアドバイスをもらったのに、全く生かすことができなかった。本当に軽率だったよ。」
セバスチャンの言葉を受けて、改めて反省モードだ。
開かれた心「虚心」でなくては、良いアドバイスも心に入ってこない。
そして行動として現れなければ意味がない。

「ところで、デスペナルティを受けてステータスランクが「S」から「T」に変わったんだけど、これってどういうことか分かる?ステータスが全体的に10ポイント下がったんだけど。」
セバスチャンに聞いてみた。
「残念ながら存じ上げません。私をはじめ、この世界の人間は死んだら生き返ることはありません。デスペナルティということ自体に縁が無いのです。」

そりゃそうか。
分からないことをこれ以上考えても仕方がない。
ステータス低下が一時的なものであれば、そのうち元に戻るだろう。
「ちなみに、セバスチャンもステータスカードを持っていたりする?」
「もちろんでございます。私のは冒険者ギルドのものではなく、執事ギルドのステータスカードでございます。」
セバスチャンのステータスカードを見せてもらった。
何かキラキラしていてデザインもかっこいい。
ギルドによってデザインが異なるようだ。
というか”執事ギルド”なんてものが存在するのか・・。
セバスチャンの執事ランクは「H」でステータスランクは「S」だった。
自分の初期状態ランクと同じだった。
まぁ、今はステータスランクはデスペナルティで「T」になっているけど・・。

さて、これからどうしようか・・。
そろそろ夕食時だ。
しかしお金が無い。
夕食は最悪あきらめるにしても宿はどうする?
宿屋に泊まるにしてもお金が必要だろう。
何をするにしてもお金が必要になる。
これが貨幣経済というものか・・。
なんて不便な世界なのだろうか。

「ねえ、セバスチャン。お金が無くても食事ができたり、宿泊したりする方法はある?」
「食事に関していえば、たまにボランティアの方がホームレスの人たち向けに炊き出しをしていることがあります。宿泊については野宿しか思いつきません。食材を入手するということであれば、森で木の実やキノコを、川や湖で魚を捕るという方法がございます。」
なるほど。現状、最も現実的なのはサバイバルな時給自足生活か。
「よし、森へ行こう!幸い日没までまだ時間があるし、さっき薬草を取りに行った場所は木の実とか採れそうな感じで、近くに川もあったはずだから。」
セバスチャンと共に、薬草採取で訪れた森へ向かった。

薬草の生えるこの森は非常に植生が豊かだ。
多様な植物が自生している。
周りを見渡せば、様々な木の実や果実と思われるものが目に入る。
色々な種類のキノコもいたるところに生えている。
問題はどれが食べられるかだ。
木の実や果実は実際に食べてみればわかるけれど、キノコは毒がある場合が多い。
「セバスチャン、どれが食べられるものかわかる?」
「もちろんでございます。執事として食材には精通しております。」
セバスチャンに教わりながら、食べられる木の実や果実、キノコを採取した。
比較的短時間で、二人分の食料としては十分な量を採ることが出来た。

こうなると、ちょっと欲を出してメインディッシュとして魚も捕ってみたくなる。
「魚が捕れるかどうかわからないけど川に行ってみない?」
「かしこまりました。」
近くにある、幅5メートル程度の小川に向かった。
川を覗くと、透明度の高い水の中を多くの魚が泳いでいるのがわかる。
釣り道具があれば、かなりの高確率で釣れそうな気がする。
罠を仕掛ければ結構かかりそうな感じだ。
しかし残念ながら、今は釣り道具も罠もない。

「これは夕食にピッタリな魚が多く泳いでおりますな。何匹か捕ってみましょう。」
サラッと、魚を捕ると言い出したセバスチャン。
「どうやって捕るの?」
「この川は水深が浅いみたいですし、道具を使う必要もございません。お任せください。」
自信満々のようだ。

川には、いたるところに水面に顔を出している岩場がある。
セバスチャンは、川の中央付近の岩場に飛び乗った。
その後、身をかがめて川の中を見つめている。
何分くらい経っただろうか?
まるで岩と同化したように動かないセバスチャンの前方に水しぶきが上がった。
最初何が起きたかわからなかったが、セバスチャンが右手に一匹の魚を掴んでいるのを見て状況を理解した。
なんと川の中を泳ぐ魚を手でつかんで捕ったのだ。
・・ハシビロコウ!?
この名前が頭をよぎった。
ハシビロコウは”動かない鳥”として知られており、大きな嘴が特徴だ。
捕食のときは、石のように動かなくなって魚を油断させ一瞬の隙をついて捕まえるのだ。
人にも鳥のような真似が出来るのかと驚嘆した。
その後、セバスチャンは少し場所を変え、同様の方法でもう一匹の魚を捕まえた。

どうすれば素手で川の中を泳ぐ魚を捕まえられるのかセバスチャンに聞いてみた。
「いくつかコツがあります。まずは自然と同化して魚に気配を感じ取られないようにすることです。それから魚を掴む際は、素早く魚の進行方向に向かって手を伸ばすことです。」
手が水面についた時点で、その衝撃と音で魚には気づかれてしまうらしい。
ただ、魚は基本的に前方にしか逃げることは無いため、魚が逃げる場所を想定したうえで手を伸ばせば丁度掴むことが出来るそうだ。
コツを聞いたうえで、試してみたが全く魚を捕まえることはできなかった。
練習すれば捕れるようになるものなのだろうか?

さて、いい感じに食材を手に入れることは出来た。
あとはどう調理するかだ。
それには避けて通れないのものがある。
そう、火起こしだ。
火を起こせるかどうかは別として、薪が必要になる。
というわけで薪拾いを行った。
場所が場所なだけに、木の枝はそこら中にある。
よく乾燥しているものを選別し、火起こし用に落ち葉や麻のようなものも集めた。

さて、問題の火起こしだが、もちろん火を起こすための道具など持ってはいない。
今の状況でとりうる手段は二つ。
一つ目は、摩擦熱で火をおこす”きりもみ式”だ。
二つ目は、火打石を用いて火をおこす方法だ。
火打石には特定の鉱石が必要になる。
日も落ちつつある今の状況で火打ち石に適した鉱石を見つけるのは困難に思える。
消去法で”きりもみ式”だろう。

”きりもみ式”に適した枝を選別していたところ、セバスチャンが思いがけないことを口にした。
「タクト様、火を起こそうとしているのであれば、私が魔法で火をつけることが出来ます。」
!?
「セバスチャンは魔法を使えるの?」
「ええ、執事として魔法は一通りたしなんでおります。」
すごいな執事、何でもできるんだなと感心した。
いや、そもそもここはファンタジー世界だから、魔法は使えて当たり前なのかもしれない。
「じゃあ頼むよ。」
セバスチャンは火をつける前に、太い薪でキャンプファイヤーのような3段の囲いを作り、その中に細い薪と落ち葉などを入れて準備を整えた。
そして人差し指を上に向けたと思ったら、まるでろうそくのように指先に灯がともっているかの如く小さい炎が現れた。
その炎を細い薪と落ち葉へ向けると火はすぐに燃え移り、あっという間に焚火となった。
なんて便利なんだろうか。

次は調理だ。
火はあるけれど、調理器具は無い。
となると出来ることと言えば直火で焼くことくらいだろうか。
木の実や果実はそのまま食べれるとして、キノコや魚は直火焼きで問題ないだろう。
適当な木の枝に、キノコや魚を刺して直火焼きすることにした。

食材が焼けるのを待つ間、セバスチャンがポットとティーカップを取り出した。
アイテムボックスから道具を取り出す様子は何度見ても不思議だ。
セバスチャンはポットの上に手をかざすと、水と思われる液体が手からポットへ注ぎ込まれる。
「魔法で水も出せるんだ。」
「いえ、これはお湯でございます。もちろん水を出すことも出来ますが。」
温度調節も出来るのか・・。
川の水を飲むしかないかなと考えてただけに、セバスチャンが淹れてくれた、森で調達したハーブを用いたハーブティーは格別だった。

それにしても魔法は便利だ。
自分もぜひ使ってみたい。
「セバスチャン、どうすれば魔法を使えるようになるの?」
「魔法は技能でございます。訓練すれば誰でも使えるようになります。火をつける程度であれば数日もあれば習得可能でしょう。ただ、魔物と戦う実戦レベルとなると数か月あるいは数年単位の修練が必要になるかと存じます。”櫂は三年櫓は三月”ということですな。」
「なるほど、魔法も他のことと同様に一人前になるには練習が必要ということだね。」
せっかくのファンタジー世界だ。
冒険者ランクを上げつつ魔法も習得してみようかと思った。

その日の夕食では、セバスチャンと共に自然の食材に舌鼓を打った。

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